宣長とベルクソン
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作品情報
宣長とベルクソンを並行させ、交互に輪唱のように歌わせて、ふたりのなかにあった「ひとつの哲学」を取り出し、語り直す。「持続の直観」と「大和ごころ」そこにふたりは何を見たのか?人類が「知性」のみを頼りとして思考し、しかもその考えが、有用ではっきりとした行動に向けられているわけでも、日々の暮らしに役立てられているわけでもない時、必ず無用にして危険、滑稽にして酷薄な精神の機構が、社会のなかに重々しく、頑強に作り出されることとなる。そうした機構が人心を支配し、人間の歴史を左右するさまは、まことに恐るべきものだとベルクソンは考えたのである。本居宣長が「からごゝろ」と呼んで排撃したものは、まさにベルクソンが戦ったこの精神の機構と同じものを指している。この戦いを敢行するために、二人が用いた言葉、扱った事実や出来事、成し遂げることに打ち込んだ述作の体系は、限りなく隔たっている。それでも、ふたりの戦いを為さしめている根源からの力は、ほとんど完全に同じものだと言えるのである。人間の歴史には、そういうことが起こり得る。――序章より【目次】序章 ひとつの啓示第一章 初めは歌の言葉から第二章 思考を阻んで在るもの第三章 「もののあはれ」に立つこと第四章 変化それ自体である心第五章 光源氏なる人第六章 もののあはれを知らぬ人第七章 物に触れて動く心第八章 見る心と在る物の姿第九章 歌を詠むにさまざまな度合のあること第十章 「過去」なるものの無数の水準第十一章 皇国(ミクニ)は格別(カクベツ)の子細(シサイ)あるが故に第十二章 生物の「進化」をいかに語るか第十三章 天地(あめつち)の初めを説く言葉第十四章 「本能」の全体をいかに語るか第十五章 神々が生まれ出ること第十六章 直観と知性とはいかに浸透し合うか第十七章 「穢れ」という物第十八章 自然に「意図」があること第十九章 生が死に克ち続けること第二十章 道徳の英雄と成りゆく者第二十一章 天が地へと降りる第二十二章 道徳と宗教とが、二つにして一(いつ)である時第二十三章 『古事記』に沁み渡る天降(あまくだ)りの意図第二十四章 人だけが、なぜ物語って生きるのか第二十五章 神が人と戦って勝つ時第二十六章 実践する神秘家たち第二十七章 ほどほどにあるべきかぎりのわざをして第二十八章 機械学(ラ・メカニック)に神秘学(ラ・ミスティック)が結章 二つの遺言状が指すものあとがき人名・神名索引
